
映画『ビューティフルマインド』は統合失調症の天才数学者の、一人称視点で描かれた闘病映画です。
映画の概要とS田の感想についてはこちらの記事をご覧ください
この記事では、精神科の看護師としてビューティフルマインドという映画の場面をそれぞれ切り取って本気でアセスメントしてエビデンスを付与して解説していきます。
この記事を見る前に、まずご自身で一度映画を見ることを心から推奨します。
この記事を読んでしまうと、正直に驚いたり、感動したり楽しむことが出来なくなる可能性がとても高いです。
それでも、精神科の患者の一人称視点で描かれたこの映画の描写を根拠に基づいて丁寧に解説したいという僕の意図があって記事を作成しています。
多くのネタバレを含んでいることをご承知の上でご覧ください。
また、昨今はファスト映画の著作権問題などのネタバレに関する権利問題が話題になっていますが、この記事は映画のシーンをもとにして精神医学・精神科看護のアセスメントを解説することを目的として作成し、映画シーンの紹介は「引用」の範疇に留めるよう作成しています。ご了承ください。
ネタバレサイトとは異なり、ストーリーの羅列ではなく、精神症状への解説や臨床で見かける事例などの解説をメインに扱っています。
※本編の内容に関わる表現を青字で表記し、僕の解説と区別して表記しています※
念入りに注意書きしてすみません(笑)
僕の本気の分析を是非お楽しみください。
本当にご覧になる方はこちら↓
学生時代

大学院に入学した主人公のジョン・ナッシュ。天才としての実力は認められつつも、“変わり者”として仲間からは浮いた存在で学生生活が始まります。
そんな風変わりな孤高の天才にも、1人のルームメートであるチャールズが唯一の友人として仲良くしてくれます。
というのが彼の幻覚の世界で、実際にはこの大学は1人部屋であるため、このチャールズの存在そのものが精神症状の幻覚によって生み出されています。
物語の中盤までこの幻覚の答え合わせはされませんが、実際にチャールズが幻覚だと知らずに見てから、このネタバレを知った上でもう一度映画を見ると、チャールズと他のクラスメートとの交友や会話がないことなど、多くの違和感を発見できます。
(このペースで鬼のようにネタバレをしながら、精神症状についてのアセスメントをしていくので、まだ映画を視聴していない方はブラウザバックでお戻りください。
続きを見てくださる方はこのままいきます!!)
大学生活では、「鳩の歩き方やひったくり犯の動き等から素晴らしい法則を見出せる」と自らを過信している様子があります。
これは誇大妄想の一種かと考えられます。
「自分はなにか大きな成功を収める」という根拠のない確信が、精神症状によって引き起こされているのです。ここでは、特に発明妄想という種類の誇大妄想で、自分は何か新たな技術や法則を発明出来るという思考になっています。
誇大妄想には他にも血統妄想や恋愛妄想があるので、是非勉強してみてください!
また、この時期のナッシュは幻覚との交友や、誇大妄想による公式探求などの精神症状によって通学という社会生活に支障をきたしていることから、GAFはかなり低い状態です。
この時点で本来なら精神科では入院適応になる範疇です。
ただ、身近にナッシュの症状や生活を把握する支援者が居ないというのが、疾患の発見を遅らせる原因だと考えられます。
また、支配力学についてナッシュが持論を展開する場面はまさに観念奔逸そのものです。思考がどんどん広がって移り変わる様子をとてもきれいに言語化しています。
実際、観念奔逸そのものが悪い症状というわけではなく、移り変わる思考から新たな創造が生まれることもあります。
そして精神症状を抱えながらもなんとか論文を執筆して、オイラー研究所への就職を獲得して卒業します。僕の解説ではここでひと段落とさせていただきます。
この学生時代のフェーズだけでも、多くの精神医学的所見が見られるとても面白い内容となっています。物語の起承転結の「起」だけでもかなりのボリュームです。
ここから物語はどんどん加速していきます。

研究者時代

舞台は5年後の1953年国防総省に移ります。
MIT(マサチューセッツ工科大学)の天才数学者として勤務する中で、国家に関わる暗号の解読という任務を任されるようになります。
正直、この場面の序盤に出てくる任務ですら妄想の世界なのではないかとかんじますが、なかなか根拠が見つけにくいところがあり、僕でも判断が難しいです。
そして任務に携わる中で、二人目の架空の人物である影の男が現れます。
この男に関しては、大学の立ち入り制限区域で警備員の前をノーチェックで素通りしている場面であるので、早い段階で違和感に気づくことが出来ます。
そして案内されるのは“使用していない倉庫”に広がる秘密基地。そこで新たな任務を任されます。
幻聴は「悪口を言われる」という先入観がありますが、「君はすごい能力がある」というような褒め言葉が聴こえることもあります。臨床でもごく稀に、本人にとって良い事を言われてご機嫌になっている統合失調症の患者さんを目にすることがあります。
【アリシアとの出会い】
勤務している大学の数学の授業を通して、アリシアというパートナーと出会います。
アリシアとデートで行ったパーティーでは、数人の男に見張られている感覚を抱きます。
このように「見られている感じがする」という症状は被注察感(注察妄想)といいます。対人恐怖や醜形恐怖など、不安障害の領域で見かける所見です。
この場面では、数人の男の姿も見えていることから、幻視の症状と併存している状況であると考えられます。
三人目の架空の人物として、元ルームメートのチャールズの姪っ子にも出会います。
ナッシュの氏名と特性を把握していること、チャールズそのものが架空人物であることから、この少女も架空の人物であると推定出来ます。
アリシアとの結婚式の後から追われているという妄想がかなり悪化しています。
ついにはアリシアに対しても電気を消すよう伝えていることから、巻き込み型の行動が始まっていると言えます。
統合失調症は外部からの刺激やストレスによって症状が増悪するという特徴があります。結婚という華々しいイベントの後ではありますが、実はこれが大きなストレスとなっているのです。
社会再適応評価尺度という“ライフイベントにおけるストレスの度合い”を示す尺度では、なんと結婚は第7位で、100点中50点という大きなストレスであると示されています(1位は配偶者の死100点)。つまり、ナッシュの症状が増悪するエビデンスがあるのです(笑)
(参考:Holmes(ホームズ)らによるストレスのランキング(社会的再適応評価尺度))
パートナーとの出会いと、進行し続ける症状。
良くも悪くも、どんどん物語が深まってきました。
次のページで大きな出来事と答え合わせが待っています!
治療開始

重要な講義の前に架空の男性と少女が現れ、講義の最中に黒服の男達に追われます。
ここで講義前に2人の幻視が見えたのは、重要な講義に臨むにあたりストレスが増加していることで症状が増悪していることを示しているのではないでしょうか。
この黒服の男達の場面は見ている僕らも惑わされるところです。
講義中にドカドカと踏み込んできてナッシュを追いかける男ですから、幻覚の世界にいる架空の人物なのかと感じてしまいます。しかし、実際は精神科の職員として現実で彼を保護しようと踏み込んで来ているのです。
そこで突然襲われたと感じたナッシュは精神科医への反撃として、殴ってしまいます。
客観的にみると粗暴性のある行動として、他害行為に及んでいます。
現代では、このように自傷や他害のリスクがある患者さんは措置入院などの急を要する形で入院適応となります。(精神科の入院形態についてはまた勉強してみましょうね!)
個人的には、大衆の前での講義の最中を狙ってわざわざ大勢で取り押さえなくても良かったのではないかと感じます(笑)
そして注射を打たれて車に乗せられます。
映画で筋肉注射をされた薬剤は“ソラジン”と言われています。
これはクロムプロマジンの元となっている古いお薬で、その成分の安全性から現在では使用されていないお薬です。現在の精神科でこのような場面があったら、打つならレボトミンかジプレキサの筋注となるのではないでしょうか。
その後、目が覚めると手錠で拘束された状態で診察を受けています。
現代では行動制限に対する人権の配慮と併せて、拘束具が進歩しているためこのような処遇はありませんが、実際にこの時代にはこのような手錠などを用いた拘束が一般だったのでしょうか・・・
そこに見えるチャールズ。
この場面でようやく、架空の人物チャールズが幻覚によるものであると視聴者にネタバラシです!!!
“精神分裂症”という言葉は現代では使用されていませんが、統合失調症を指しています。
アリシアが初めてナッシュのオフィスに入り、妄想の世界を生きる彼の生活の事実を知ります。
この場面で、これまでジョン目線で描写されてきた架空の世界(秘密基地や任務用のポスト)と、一般目線で感知出来る実際の現実(使用されていない空き校舎とボロボロのポスト)とが示されます。
映像の切り替わりによって視覚的に答え合わせをしている描写となっているので、観ていてとてもわかりやすいです。
その後、アリシアが病院で面会としてジョンに会います。そこで自分が確認してきた現実とジョンの妄想の違いを直面化して、ジョンの妄想を否定します。
現代の看護ではこのような関わり方は否定されています。
「幻覚や妄想に対しては否定も肯定もせずに受容する」というのが教科書的な関わりです。
教科書ではこんな風に一行で書かれていますが、実際に実践するのは本当に難しいところです。
入院中のジョンが観察室で自傷をします。
これは影の男に埋められたという「スパイの基板」を探すために手を傷つけたというのが彼の視点です。
しかしこれまでの彼の妄想や思考を知らない人がこの場面を見たら「観察室の男性がリストカットをして自傷している」という事実のみ伝わります。幻聴や妄想が強い患者さんがこのような自傷行為をしていたら、臨床では「死ぬように責め立てるような幻聴があるのかもしれない」と推測することが多いですが、実際のジョンの意図は異なるというのが、一般的な推測によるアセスメントを覆しにくるとても面白いところです。
自傷の現場に駆けつける際、屈強な男性看護、医師、筋注らしきトレーを持った女性看護師の順に部屋に入ります。
臨床でも、患者の安全を確保しつつ医師が診察を出来る環境を整えるのは看護師(特に男性ナース)の重要な役割です。僕は体格の大きい男性ナースなので、不穏の際に真っ先に呼び出されます(笑)

症状再燃

一度は退院し、自宅で治療を継続するナッシュのソルとの再会の場面で、飲み物と一緒に薬を差し出すアリシアに対してナッシュは「これは後で」と拒否をします。それに対してアリシアは内服するように再度伝えます。
このように、患者さんの拒薬がある場合でもきちんと内服を促せる支援者が身近に居ることは、自宅での生活を送る上でとても重要な要素です。
この後のセリフで、ナッシュは数式を見せながら「薬を飲んでいると、ボーッとして答えが見えない」と話しています。
実際に臨床でも「薬を飲むと眠くなるから嫌」という理由で内服に抵抗を示すことはよくあります。このように、拒薬にはいくつかのサインがあることを見逃さないよう関わることが大切です。
こうして自宅での薬物療法は順調かと思われましたが、薬のせいでジョンが夜の営みに乗り気になれず、アリシアが鏡にグラスを投げて叫ぶシーンがあります。
それをきっかけにナッシュが怠薬(薬をわざと飲まないこと)を始めます。
ナッシュとしては、アリシアとの夫婦関係をなんとか保ちたいという思いがあって薬を中断したのでしょう。このような患者目線での怠薬背景を丁寧に描写しているのも、この映画の素敵なところだと思います。
怠薬を続けるナッシュは、症状が悪化して幻覚や妄想が再燃します。
そして架空人物のパーチャーに再会し、家の裏にある秘密基地での任務を再開します。
ナッシュの異変に気付いたアリシアがその秘密基地を発見し、中を見ると以前のナッシュの研究室と同様の光景を目の当たりにします。
このように精神疾患の患者さんの病状の変化を客観的に把握できる身近な支援者として家族の役割はとても大きいです。
アリシアが子どもを抱えて家を飛び出した後、3人の架空の人物がジョンの前に現れます。
この映画では、そこでジョンが幻覚であることを再認識します。
ここで、病気と向き合いながら苦悩するナッシュの感情が症状に勝つような描写が描かれていて、病識を持つということが「疾患や症状を理解する」ことと「症状を受け入れる」という2つの意味で大きくハードルが異なるのではないか、と考えさせられます。
「わかっているけど難しい」という現象は、日常の中で我々も経験することです。統合失調症の症状として幻覚や妄想がある場合は、日々そのストレスに向き合わされているのではないかと考えると、毎日の生活での負担もかなり大きいのではないかと感じます。
慢性期

精神科医とアリシアとの3人の対話で今後の方針について相談します。
治療方針について支援者も交えた会議で検討するのは患者さんの意思決定を支援する上でとても大切なことです。
実際に病院では患者・患者家族・医師・看護師などの関係者を含めた相談と、医師・看護師・ソーシャルワーカー・訪問看護や児童相談所などの外部社会資源の職員と実施する会議とで、目的によって参加者を変えながら治療方針や退院調整を行っています。
また、入院準備の場面で意見が割れ、ジョンが入院を拒否した際のアリシアの愛情がうかがえるシーンは本当に感動的です。
ブリンストン大で級友に再会し、大学への復帰を打診します。ここから、幻覚との共存に向かいます。
幻覚そのものが消えたわけではありません。しかし幻覚を無視したり受容することで自制して生活を送っていくのです。
統合失調症の慢性期の患者さんは、病識も十分にある場合だとこの映像のように、“幻覚や妄想があるけれど、それを幻覚・妄想として捉えて受け止め、付き合って生活していく”という姿勢が出来上がっている場合がよく見られます。
それでもどうしても幻聴がうるさい!というような場面で自ら頓服薬を使用して対処することも出来る人も居ます。
統合失調症ではこのように症状そのものを消し去るのではなく共存していくという選択も重要な視点となっています。
そしてクライマックスのスピーチの場面。
ナッシュのセリフはここではあえて伏せておきます。
本当に感動しました。

まとめ
いかがだったでしょうか。
分量からみても断言できますが、僕の今までの記事で最も力を入れて解説してみました。
それほど精神医学的に学びがいのある作品で、看護師のみならず医療者の方が精神疾患を持つ方と関わる上で見てみてほしい作品です。
このビューティフルマインドは実話に基づいているという作品の背景だけでなく、精神症状について映像としてとても丁寧に忠実に再現されていると感じる場面がいくつもあります。そして主演のラッセル・クロウの絶妙な症状や視線の演技もとてもリアルな仕上がりになっています。
この記事は医療従事者以外にも、何気なく映画を視聴して「どこから幻覚なの?」と気になる方にも参考にしていただければと思います。
今後もこのような作品紹介を行っていければと思います。
是非他のページもご覧ください。
それではまた!
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【参考資料】
- 映画「ビューティフル・マインド」
- 精神神経ビジュアルブック
- HEART QUAKE Holmes(ホームズ)らによるストレスのランキング(社会的再適応評価尺度)(https://heart-quake.com/article.php?p=9625)21/09/10閲覧
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