陽性転移とは?注意点、対処法は?

あいまいにしない精神科看護

看護師として働いていると、患者さんが看護師に好意を持ってしまう場合があります。

入院生活という窮屈な環境で、親身になって身の回りのお世話をしてくれる看護師に対して、感謝やお気に入りのような感情を持つのはごく自然なことです。

しかしその感情が度を超えて、好意になってしまうこともしばしばあります。

精神科においては、

  • 愛着障害や家族からの孤立により他者に対して依存的になってしまう
  • パーソナリティ障害の症状の一部として異性への感情コントロールが出来ない

などの疾患的な背景から、医療者への想いが治療に直結する場合があります。

そのため看護師は患者さんからの想いを上手く受け取り、治療的関係を維持することが必要となります。

今回はそのような患者さんからの“プラスな感情”である陽性転移(ようせいてんい)について、概要や注意点、対策について解説していきます。

陽性転移って?

患者さんにとって、日々身の回りのお世話やケアをしてくれる看護師はとても近い存在です。精神科においては患者さんの悩みや苦悩を聴いて受容することが必要なため、患者さんの心により近づく場面が多くあります。

精神科における転移の定義としては、

転移は、フロイトがはじめて概念化した精神分析における重要な考え方の1つで、患者(クライエント)が治療者に対して向ける強い感情体験のことをいう。その感情は、過去の重要他者との関係のなかで体験された感情が、治療者に移しかえられたものとみなされたことから、転移と呼ばれるようになった。(中略)転移には、依存・信頼・愛情・あこがれなどの感情を抱く陽性転移と、不信・敵意・嫌悪・恐怖・非難・軽蔑などを抱く陰性転移の2つがある。

(引用元:系統看護学講座 精神看護の展開 第5版p43)

とあります。

つまり患者さんの“看護師へのプラスな感情”は定義上全て陽性転移に当たります。そのため陽性転移や陰性転移という言葉はよく使われます。

「陽性転移って要するに好きってことでしょ?」

と、よく勘違いする方がいます。

その答えは、こちらの図です。

「まぁそうだよ」「そんなこと言わなくてもわかるよ」

と感じる方もいるかと思いますが、臨床の現場においてこの違いは見過ごされやすいです。しかしとても大きな意味を持つ違いです。

“患者―看護師関係”を築く上で、ある程度の陽性感情がなければ患者さんは看護師に本音を打ち明けたり、看護師の提案するプランに前向きになることが難しいです。

しかしそれが好意になれば、異性としての意識が芽生えてしまい、治療的介入が難しくなります。

そこで看護師はこの違いに注意して、患者側の距離感によるのではなく看護師側がコントロールすることがとても重要なスキルになります。

このように、陽性転移は定義上ではプラスの感情全てを示しますが、臨床においては図にあるように好意と、好意に近い異性としての感情に対して用いられることが多い表現です。

陽性転移のコワいところ

陽性転移の説明を受けて、「患者さんに気に入られるなら良い事じゃない?」と考えるのが自然です。

しかし精神科という特殊な病棟においては、陽性転移は注意して接しなければならない状態といえます。そこで陽性転移が発生した場合、患者さんの疾患特性によっては治療に支障が出ることもあるので、対象の看護師はその患者さんから距離を置くという対応がとられる場合が多いです。

陽性転移のコワいところは、大きく分けて2つあります。

わかりやすく言うと、

陽性転移レベルMAXのパターンと、手のひら返し攻撃のパターンです。

陽性転移レベルMAX(陽性転移増強)の場合

陽性感情が異性としての好意に発展し増していったとき、患者さんは看護師への感情のコントロールが難しい状態になります。そのような場合、患者さんの行動は疾患特性の色濃く表出された形で具現化されます。

ここではイメージしやすいようにいくつかの疾患について例を出してみます。

※あくまでイメージ提供のための例なので、参考程度にご覧ください※

【精神遅滞のある患者の場合】

精神遅滞の患者さんは情動に対するコントロールが難しく、衝動的な行動が起こる場合があります。

  • 廊下などで看護師に突然抱きつく
  • 「好き!」を連発する

など、“自分の気持ちに正直すぎる”というような特徴がみられます。

【適応障害の場合】

適応障害のパターンは、社会的逸脱の場合と粗悪な家庭環境などへの適応不良など、多様なケースがあります。特に後者の適応障害の患者さんは“何らかの理由により適応しがたい社会環境”を持っているケースがあります。そのため陽性転移がある場合、その対象への感情にのめり込んで現実逃避しようとする動きがみられます。(適応機制としての逃避を否定するつもりはありません。)

社会環境が悪い場合は特に注意が必要で、下のようなケースが起こることがあります。

  • 病院に依存的になり、退院への拒否につながる

【境界性パーソナリティ障害の場合の例】

境界性パーソナリティ障害の場合、疾患特性から“相手に見てほしい”という感情や周囲の人の操作による振り回し行為に繋がるリスクがあります。

  • 対象の看護師と話すために自傷によるアピールをする
  • 陽性感情を他患に話す。

二つ目は「陽性感情を話すだけ?何が問題なの?」と感じるかもしれません。

対象の看護師について話すだけですが、ウワサとして“あることないこと”を話したり、他患に対するけん制から患者同士のトラブルとなる場合があります。

ここまでで陽性転移が増大した時の事象について例を挙げながら紹介しました。

精神科病棟では患者さんの疾患特性や、行動のコントロール能力の欠如により、これらのように看護師に向けての行動として現れることがあるのです。

・手のひら返し攻撃(陰性転移に転換)の場合

陽性転移は時として突然、看護師への陰性感情に転換する場合があります。

このようにいわゆる“手のひら返し”の場合は、看護師はかなりの精神的苦痛を強いられ、看護師のチーム全体での配慮とフォローが必要な状態になります。

手のひら返しの大きな要因は、わかりやすく言うと“失恋”です。

対象の看護師への好意が実らないと実感した時点で、その不満から看護師への不満や攻撃に転じることから起こる場合が多いです。

最初から嫌いな人ではなく、好きだったのに嫌いになった人というところが、患者さんにとって複雑な心情を生み出してしまいます。

【境界性パーソナリティ障害の場合の例】

  • 病院に一本の電話が入り、「“○○という看護師がうちの子にとても冷たい態度をしている”と娘から聞いています!!」と親御さんからクレームが来る。

このようなケースは、陰性感情から“虚言”として家族への“振り回し行為”がある場合に起こります。

これは経験則ですが、境界性パーソナリティ障害の場合の多くは“被害的思考”が伴う場合が多いです。

「どうしてあの人に優しくするのに私には冷たいの?」

というように、自身の承認欲求不満を怒りとして対象看護師に表出します。そしてそれは他の看護師に対してもクレームという形で表出され、チームとしての連携が問われる場面を作り出します。

このように、陰性転移になってしまった場合は看護師本人のみならず、チームへの負担となることがあります。

僕の経験では、手のひら返しに合うと病棟での居心地が地獄のように悪くなります。

(その辛い経験から、この記事にはとても力を入れて書き綴らせていただいています。)

そこで、ここから紹介する対象法についてきちんと学習して、陽性転移を乗り越えていきましょう!!!

陽性転移を受けたらやるべきこと3つと、最終手段

ここまでで説明してきたように、陽性転移はとても厄介で難しい事象です。

面倒くさいと感じる看護師も多いかと思いますし、陽性転移がきっかけで離職する方も居るかと思います。

ここでは、そんな面倒な陽性転移から自分自身を守った上で患者さんの治療に対してチームとして関わる対処法について解説していきます。

  • チームでの把握

まず「私、もしかしたら陽性転移を受けているかも?」と感じた場合、

真っ先にやることは“陽性転移の情報の共有”です。

これはすごく勇気のいることです。

フランクに表現すれば「あの患者さん、私のこと好きっぽいです。」という内容なので、看護師自身にとって気恥ずかしく感じてしまって言いにくかったり、自意識過剰だと思われることへの恐れなど、阻害する要因がとても多くあります。

これは普段からの職場での相談先を数人決めておくと、スムーズに共有することが出来るので、頼れる先輩や同期を頼らせてもらうというのが一番身近な手段です。

また、他のスタッフへの陽性感情を察知した看護師は自分以外が対象となっていても、それを共有することでチームとしての連携に生かすことが必要になります。

  • 記録の徹底

陽性転移で絶対的に必要なのが、記録の徹底です。

とてもシンプルですが、これは本当に重要です。

患者さんに言われたこと、されたこと、自分が言ったことを出来る限り詳しく記録しましょう。

上に挙げた例の境界性パーソナリティ障害の場合などのように「言った・言わない」の水掛け論になってしまうと、看護師はとても不利な立場になってしまいます。

そのため自分の立場を守る上でも、透明性のある看護を提供する上でも、記録おちう形で第三者が客観的に判断できる形に残しましょう。

  • 看護師としての立場の明言

「〇〇さん、好きです!」

と患者さんに言われた時に必要となるのが、“受容”と“関係性の明言”です。

「気持ちはすごく伝わってきました。ありがとう。

ただ、私は看護師としてあなたのために出来ることをお手伝いするので、看護師以上のかかわりはできません。」

と明言することで、気持ちを伝えた相手を尊重しつつ、関係づけをします。

精神科において(特に発達に遅延がある場合)は、「やんわり断る」というのが通じない世界です。きちんと言葉にする、というシンプルなことも重要となるのです。

  • 距離を置く

精神科の陽性転移においての最終手段が、患者さんと距離をとることです。

陽性転移が治療に悪影響を及ぼしていると判断される場合、または本人の精神的ストレスが限界を迎えてしまう場合、病棟としてその対象の看護師と患者の距離をとるような対応をします。

その場合はナースステーションで会ってしまう場合、夜勤で勤務看護師が限られている場合を除いて、部屋担当や処置の対応などの接触をしないように配慮して連携をとります。

期間は患者さんがクールダウンするまでで、クールダウンが見込めない場合は入院期間ずっと距離を置くことまであります。

これは病棟の管理や連携に関わる対応となるので、本当に最終手段です。

(と言いつつ、病棟では陽性転移・陰性転移でのNGはよくあります。)

いかがでしたでしょうか。

陽性転移を受けたらやるべき3つのことと、最終手段でした。

これらのことをきちんと守ることで、陽性転移と上手く付き合いながら看護師として治療的な立場で関わってみてください。

まとめ

この記事では、陽性転移についての定義や臨床での例、解決のための対処法について解説してきました。

かなりの分量になってしまったので、最初から最後まで読めた方はかなり少ないのではないかと思います。(これを最後まで読むほど勉強熱心なのか、陽性転移に悩まされているかのどっちかですねw)

今回の内容は自分が陽性転移を受けていない場合でも、職場のチームメイトのフォローの上でも役立つ内容なので、是非何度か目を通して理解してみてください。

それではまた別の記事でもお会いしましょう!

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参考文献

系統看護学講座 精神看護の展開 第5版

看護師S田さん
看護師S田さん

京都大学卒業後、とある病院で看護師として勤務しながら、看護師の知識向上のため、「ナースイッチ」を創設。日々臨床と研究を両立しながら看護に向き合っています。

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