精神科ナースS田が3年間の精神科病棟で学んだこと。

精神科

先日、僕は3年間の精神科病棟生活に幕をおろしました。

今回は、3年間を通して学んだことを紹介しつつ、これから精神科に歩みだそうとしている方へのメッセージも添えていきたいと思います。

これから精神科で働こうと考えている方や、精神科で働き始めた方にとって、3年間を走り切った僕の景色を少しでも参考にしていただければ幸いです。

どんな3年間だった?

まず、僕の精神科病棟で3年間看護師として働いてきた期間がどんな時間だったのかを振り返ってみます。

ひとことで言うなら、学ぶことが多く、とても濃い3年間だったなと思っています。

【1年目のS田】

最初の頃は、社会人をなめていた部分もあって「まあこんなもんでなんとかなるっしょ!」といった姿勢や態度があったので先輩にいじめられていました。

病棟の主任さんに「S田君ね~完全にいじめられているよね~~。原因は自分にもあるのはわかっているでしょ?助けられることは助けるけどね」と笑われながら言われるほどに、かなりの状況だったそうです。

毎日、出勤するのが嫌だなって思いながらなんとか食い下がって、それが本当に悔しくて「ひっくり返してやる!!」と決意しました。絶対その人たちより出来る人になろうと思ってからは、必死で勉強して、このNur-switchを立ち上げました。

そこからは記事のネタを作るために勉強したり、自分の経験や患者さんとの関わりで「なんでだろう」って思ったことをテキスト使って調べて集約するようにしてきました。

でも勉強だけじゃしょうがないから、フットワークを高める努力もしてきました。

こんなブログを書いていたことも、今となっては本当に懐かしいです。

そうやって、このサイトに載せられるようにまとめて、また実践して…というのを繰り返していたので、現場での実践と座学での勉強と学びのアウトプットが本当に綺麗に結びついていたと思っています。

【2年目のS田】

2年目は、後輩が入ったので、たくさん教えながら自分も学ぶ時期になりました。

受け持ちの患者さんをたくさん持つようになったのもこの時期だったので、かなり充実した時間を過ごしていました。

ちなみに、コロナウイルスによる外出自粛が本格的に唱えられていたのもこの時期で、院内感染も発生していたので、精神科としての業務以外にもかなりストレスフルな状況になっていました。

【3年目のS田】

3月の半ばに突然異動を告げられて迎えた3年目。

「僕は今年で退職するのに、どうして最後の年を今までの病棟で過ごせないんですか?」と嚙みついて始まったので最悪なスタートでした。

でも、病院でトップランクの知識オタクとして無双し始めていた僕は、今まで教えてきた後輩達を遠くから見守りながら、新しい後輩達や先輩に看護師としてのアセスメントを喋る位置で何とか立ち回ってきました。

病棟が突然変わっても、自分の強みと呼べるものがあると本当にその技術に救われると感じました。みなさんも、心電図のことやACLSやICLSなどの資格系の内容はしっかり身に着けるとそれだけで自分の役割を1つ持てるのでオススメです!

こうやって、日々の学びを発信しながら駆け抜けた3年間、サイト設立から2年で200本以上の記事を書いて僕という看護師が成長することが出来ました。

本当に最後の最後まで濃い3年間でした。

3年間を通して、対人スキルや自分の感情や発言、立ち振舞いを制御するスキルなど、人の気持ちや感情を汲み取って配慮するスキルは本当に成長できたと実感しています。

ただ、本当にしんどいこといっぱいあったし、辛くて一人で泣いたり、お酒に逃げたり、したこともありました。

仕事とか本当に嫌だなと思うこともあれば、自分のことも嫌になったり、それでもなんとか乗り越えられたからよかったなって思っています。

●一番心に残った○○(患者さん、出来事、スタッフ関係)

ここからは、一番心に残った〇〇ということで、3年間のうちに心に残っている話をしていきたいと思います。

(僕がしみじみと語るところなので、読み飛ばしていただいて全然オッケーですよ!!)

心に残った患者さん

僕が患者さんとの関わりで心を引っ張られて、仕事が終わってからもプライベートで涙が止まらないくらい落ち込んだ事は、3年間で何回かありました。

そのうちの1つが、まだ幼い女の子で結構重たい心の病気だった患者さんです。

自分の気持ちも難しくて理解できない患者さんで、胸がソワソワしたら、むしゃくしゃして近くにあるものを投げてしまったり、自分でもどうしたらいいかわからないという女の子でした。

ある日その患者さんと僕は UNO をして遊びました。僕自身もすごく楽しかったけれど、その子は僕と一緒にUNOをしたのがすごく楽しんでくれたようです。しかし、楽しさから胸がそわそわして、調子が悪くなった他の看護師に言いました。

普通なら「楽しかったから、すごいワクワクして胸が踊った」と解釈できるはずですが、その患者さんにとっては自分では理解できない“わくわくそわそわ”があって「すごく楽しかったけどこれは調子が悪くなってるんだ」と解釈したのではないかと、判断されました。

そのことがあってからしばらくの間、僕はその患者さんの担当から外されてしまいました。

しかし、病棟の師長さんに「あの病状の患者さんの心がそこまで大きく揺れ動く遊びを出来たことは、これからも自信を持ってくださいね」

と言ってもらえて、僕は心を痛めた思いをした反面、すごく多くのことを学んだコミュニケーションでした。

一番心に残った出来事は・・・

選びきれません。

良い事も、嫌な事も、本当にたくさんのことがありました。

辞める直前に印象に残っていることは1つあります。

それは、僕が退職すると知ってから、僕にだけ“本音”を話してくれた患者さんです。

「今まで私はこんな風に振る舞ってきたけど、本当はそうじゃないんだよ。S田さん、全部わかってたでしょ?」と、その患者さんにとっては一番向き合いたくない、今まで目を背けてきた内容を打ち明けてくれました。

僕にとってその患者さんは繰り返し何度も何度も関わりを続けていく中で、あと少し頑張って欲しいと思っていた患者さんだったので、かなり心を揺さぶられました。

スタッフ関係で、僕が一番印象に残っているのは、お兄ちゃんのように僕を可愛がってくれた先輩です。

元々は違う病棟に居たので顔を合わせる機会は少なかったですが、先輩が異動してきて一緒になってからは本当に日々背中を追いかけさせてもらって、多くのことを学びました。

「僕は先輩を超えたいです!」なんて生意気なことを言いながらも、僕の全力に本気で応えてくれた先輩のおかげで僕は大きく成長させてもらうことが出来ました。

もう一度精神科で働きたい?

春から、僕は別の場所に行きます。

こう言うと周りの人には「もう一度精神科で働きたい?」と聞かれたりします。

僕の答えは” YES” です。

そもそも、次の転職先にも精神科を考えていました。

僕がいた病院よりももっと高度な精神医療を提供している病院で、患者さんの重症度や設備、扱っている薬剤や機材がもっと高度なところに行こうかと悩んでいたのは事実です。

だけど、縁があって次の職場に声をかけてもらい、そこに行くことにしました。自分は看護師の勤務から離れますが、精神科やいろんな分野に関わることができる仕事です。

今は精神科の病棟で看護師として働きたいというわけではありませんが、困ってる人や悩んでる人の心に寄り添えるような仕事はしていきたいなと思っています。

精神科で働く人へのメッセージ

これまで3年間精神科病棟で働いてきた僕から、これから精神科で働こうと思ってる人へのメッセージを書いてみます。

僕が伝えたいことは、「精神科は頑張った分だけ成長できる領域」ということです。

患者さんを知ること、看護師自身の考え方、コミュニケーションの取り方、人と関わる上での選択肢とか手札は考えながら実践することでどんどん上手くなっていきます。

良い意味で”沼”です。

精神科こそ、科学的看護の最たる例だと思っています。

だからもし本気で働きたいなって思う方がいたら、是非この沼にハマってみてください。そしてこの沼で思う存分もがいて成長していってください。少しでも深くいろんなことを知れるように、これからも僕の発信する情報を受け取っていただければと思います。

沼の奥底で、お待ちしています(笑)

まとめ

今回は精神科の病棟で3年間勤務した僕の実体験の振り返りと、これから精神科を志す方へのメッセージをまとめてみました。

少しでも参考になれば幸いです。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

それではまた!

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看護師S田さん

エビデンス中毒、いわゆる「エビ厨」を自称する京大出身の生意気な看護師。
「根拠に基づく看護(EBN)」の普及のためにNur-switchを設立し、論文レビュー記事から雑記ブログまで幅広く執筆。
臨床に立ちながら精力的に記事を更新中!

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